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「何かの、いつたいあの山を掘つても引合ふのかな」
「それあ、いかん。こんなに多くはいらんよ」
「なんですか、御挨拶まはりですかね、それはどうも御苦労さまですなあ。――まあ、お上り下さい」
と、相沢は口ごもつた。
身体を拭きにかゝつていると、台所の土間の方で、誰か来たらしい、盛子に向つてしきりと何か云つている声が耳に入つた。それは、せきこんだ、悲しげな、訴へるやうな女の声だつた。
さう云つたのは庄谷だつた。房一がその方をふり向いた時、庄谷の白味がちな小さな眼が意味ありげに更に細くなつたところだつた。そのまゝにやりとして、
と、彼は恐しく手まどつて答へた。
「さうだ、君はあの時の射撃大会に出たさうだね」
「ふうん、それもよからう」
云ふなり又思ひ出したやうに玄関へ上つて行つた。
房一は何もかも忘れていた。日頃の思案深げな額の皺はいつそう強く刻まれていたが、それは却つて或る夢中な輝きを示していた。彼は何ものかに捕へられていた。何かが胸の奥深くでよびさまされているやうであつた。首筋に焼けつく日の暑さ、水流のきらめきや、絶えず水に濡れて黒く光つている沈み岩の頭、滲み出る汗と共に何かしら揉まれしぼり出される身内の或る物――それらは彼の幼時の記憶に確しつかりと結びついて、その頃の漠とした幸福感を近々と思ひ出させた。
「なるほどね」
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