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    「それが、その、来ないわけがあるのさ」

    「閉口でしたな」

    「どうも遅くなりまして――」

    「ね、君」

    「さうなんです。ちやうどいゝ案配でした」

    練吉は、癖だと見えて、折角きちんとかぶつて出たカンカン帽をいきなり指で突き上げて阿弥陀あみだにすると、いかにもだらりとした様子で歩き出した。それは、さつき別人の観があつた、てきぱきした、俊敏な医者らしい練吉から、もとの彼に逆もどりした風であつた。

    「それで、――どうかね?」

    途中で練吉と別れた房一は、道平の病気のために手の廻りかねていた患家先きへ二三軒立ち寄つているうちに、案外時間を喰つて、帰途についた時はもう暮れ方であつた。

    まだぎこちなく坐つて伏目に固くなつている堂本の様子から、自分が誰かといふことは判つてはいるのだなと思つた房一は、

    「おい、お茶を入れてくれ」

    富田は房一に声をかけて彼のために席を明けながら、つづけて

    「あれから――あんたに鮒をとつて上げようと思つて、今さつきまで淵に附いとつたんだが、たつたこれつぽちきり獲れなくてね。上げるといふほどの物ぢやないけんど――」

    そんな風におぼえていてくれるとは思ひがけなかつた。

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