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    「まあ、生れ故郷ですから」

    房一は持前の人慣れた愛想のいゝ微笑をうかべていた。それは水面にできた波紋がゆるく輪をひろげるやうに、彼の厚い醜い唇からはじまつてしだいに、顔全体をつゝみ、つひに容貌の醜さを消してしまふものであつた。

    今頃になつて、男はさう訊き、盛子がそれに答へる前に、ひとりでうなづいていた。

    「一つ着て見せたらどうです?高間さんにはきつと似合ひますよ」

    房一はまだ考へ深さうにしていた。

    日々は平凡に単調に過ぎて行つた。

    だが、その幾日かも過ぎると、又あの、恐るべき変化を蔵しながら一見何一つ変つたこともないと感じさせる、単調な何気ない日々がつゞいた。何かしらはつきりし、又何かしらとりとめもなく、空は冷い輝きを増し、山々の稜線はかつきりとし、葉の落ちつくした雑木山はずつと遠くのものまでが殆ど信じられないくらいの細かい枝を無数に目に見させ、ブラッシの毛並みのやうな渋い赤褐色をどこまでもどこまでも拡げていた。

    と、今泉は一寸声をひそめた。

    広い家の中では盛子一人だつた。もうとつくに羽織袴も居間に出して置いたし、履物も足袋も揃へた。帰りさへすればすぐにも出かけられるのだ。だが、足音も聞えはしない。盛子はさつきから何度も玄関に出てみたり、それから裏口から外の小路に出て河原の方をすかし見たりした。

    真黒い顔の男が傍によつて訊いた。

    「へえ、――どうもごていねいなことで――」

    「あいつらと来たら、すぐこれ!だからね」

    答へながら、彼は紅くなつていた。

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