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    「さう、カワラケ、カワラケ云ひなさんな」

    今泉にはやつと徳次の考へていることが判つたので、熱心に説明した。

    「うむ、さうか。玄関のことか」

    「うむ」

    徳次は人の好い、いかにもさう信じこんだやうな眼で二人を眺めた。

    犬は横へとびこんだ。だが、匂も嗅がず、草の中から頭を出して、房一の方をしきりと眺めながら同じ方向に歩いている。

    職業柄人見知りなんかはしていられないし、又さういふことにかけては密ひそかに自信を持つていた房一も、少したぢたぢとなつた。そのはずみに、房一は路々考へて来た挨拶のきつかけを度忘れてしまつたほどである。

    と、房一は自然と紅黒い顔をひきしめた。相沢は随分永い間、それこそ房一がうんざりするほど永い間こつちをのぞきこんでいたが、

    「へえ。ちよつとばかし――」

    黒光りのする戸棚の蔭からびつくりしたやうな義母の円つこい眼がのぞくと、

    と、舌ざはりの悪いものでも口にしたやうな調子で、練吉はぽつんと云つた。

    その筈だつた。庄谷と房一の家とはかなり前まで遠い縁つゞきであつた。房一の死んだ母親と庄谷のやはり亡くなつた妻とは又従妹か何かにあたつていた。だが、さういふ程度の関係は知らぬ顔をすれば他人で通る位の間柄である。生前にも別につき合ひはしていなかつた。まして、二人ともこの世の者ではなくなつた今では、思ひ出せばさういふこともあつた、位の関係でしかない。

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